寺地拳四朗は競艇選手が夢だった!ボクシングは高校や競艇選手推薦のため?

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ボクシングの現WBC世界フライ級王者であり、元WBAスーパー・WBC世界ライトフライ級統一王者という輝かしい実績を持つ寺地拳四朗選手。

2025年3月13日、両国国技館でWBA・WBC世界フライ級王座統一戦で、WBAの世界王者ユーリ阿久井政悟選手と対戦し、12R 1分31秒TKO勝ちを収めライトフライ級に続く2団体統一に成功。

日本人ボクサーとしてはバンタム級・スーパーバンタム級王座統一を果たした井上尚弥選手に次ぐ、史上2人目の複数階級統一王者となりました。

何より、この死闘と呼ぶにふさわしい激しい試合を制した寺地拳四朗選手に、さらに大きな注目が集まりました!

そんな寺地拳四朗選手ですが、現在のその姿から想像もつかないかもしれませんが、実は幼い頃からの夢はボクサーではなく、競艇選手だったそう!

一体なぜ、寺地選手はボクシングの道を選んだのでしょうか?

今回の記事では、その意外な理由と、それにまつわるエピソードを調査してみました!

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目次

寺地拳四朗のプロフィール!名前は「北斗の拳」由来で父は元日本王者!

画像引用元:https://www.instagram.com/p/DG73-RBTd4o/ 寺地拳四朗インスタグラムより

寺地拳四朗選手のプロフィールをご紹介します。

項目内容
本名寺地 拳四朗(てらじ けんしろう)
生年月日1992年1月6日(33歳)
出身地京都府城陽市
身長・リーチ164.5cm・164.0cm
階級フライ級(現在)
所属B.M.Bボクシングジム
スタイル右ボクサーファイター
プロ戦績25戦24勝(15KO)1敗
現タイトルWBA・WBC世界フライ級統一王者
過去のタイトル元WBAスーパー・WBC世界ライトフライ級統一王者
アマチュア戦績74戦58勝(20KO)16敗
学歴奈良朱雀高校、関西大学卒業
家族父:寺地永(ひさし):元OPBF東洋太平洋ライトヘビー級王者
従兄弟是澤孝宏(これさわたかひろ)・競艇選手
通称スマイル・アサシン、The Amazing Boy

寺地拳四朗選手の名前の由来は、大人気漫画「北斗の拳」の主人公であるケンシロウから取られています。しかし、本人は活字が嫌いであまり本を読まないため、「北斗の拳」を読んだことがないとの事(笑)。

ですが、ボクシングの試合の入場曲には、アニメ「北斗の拳」のオープニングテーマ曲であるクリスタルキングの「愛をとりもどせ!!」を使用しています。

寺地拳四朗選手、見た目は優しくて穏やな青年という感じで、とても死闘を繰り広げるようなプロボクサーには見えません。そのため「スマイル・アサシン(笑う刺客)」「The Amazing Boy(驚異の少年)」というニックネームがついたそうです!

ですので、その死闘を繰り広げる激しさと、穏やかで優しい好青年という普段の様子とのギャップが、寺地拳四朗選手の大きな魅力の一つとなっている、と言えるのではないでしょうか?

また、父親は元日本ミドル級王者で、元OPBF東洋太平洋ライトヘビー級王者の寺地永さんです。しかし、普段は父と子でボクシングの話をすることはほとんどなく、試合後のアドバイスもあまりないそう。

少し変わった親子関係のようにも見えます。その理由としては、寺地拳四朗選手は他のコーチから指導を受けている為、混乱を避ける意味でも、父親からボクシングの話はほとんどしなかった、との事。

寺地拳四朗の夢は競艇選手だった!理由は賞金が高く選手寿命が長いため!

画像引用元:https://pbs.twimg.com/media/GVQq30bbsAAcp2J?format=jpg&name=large 

寺地拳四朗選手が競艇選手を目指していたことは、あまり知られていせん。その理由としては、競艇選手の賞金が高額で、選手寿命が長いことでした。そして、親戚に競艇選手の是澤孝宏(これさわたかひろ)さんがいたことも、大きな影響を与えたようです。

中学校時代には「行ける高校がない」と先生に言われたことがきっかけで、スポーツ推薦で高校に行くためにボクシングを始めました。また、日本ランキング5位以内に入れば、競艇選手になるための特別推薦がもらえるとの事もあって、最初は嫌々ながらボクシングに取り組んでいたそう。

父親の寺地永さん曰く「最初は無理やりやらせた感じもあった」との事。

高校時代にはインターハイや国体に出場するなど、才能を開花させましたが、ボクシングに対する執着はあまりなかったとのこと。

ちなみに、高校3年生のインターハイで決勝戦では、何とあの井上尚弥選手と対戦したとの事!階級はモスキート級で2学年下の井上尚弥選手との試合は、3Rにレフェリーストップコンテスト(RSC)で敗れました。

モスキート級とは?:プロには存在しない階級。アマチュアのジュニア部門で最も軽い体重の階級。体重は45キログラム以下で、15歳以上18歳未満の選手が対象。

レフェリーストップコンテストとは?:アマチュアボクシングの試合で、技量に差がありすぎたり、負傷して試合続行不可能と判断したとき、レフェリーが行う勝敗宣告のこと。 プロボクシングのテクニカルノックアウト(TKO)に相当する。

大学時代には元世界2階級王者の京口紘人選手(当時は大阪商業大学)と4度対戦し、寺地拳四朗選手(関西大学)の3勝1敗という結果でした。最後の2戦は接戦で実質的に互角だったとの事。

また、寺地拳四朗選手は高校と大学で一回ずつ競艇学校の入学試験を受けていたそうで、本気で競艇選手を目指していたこともわかりました。

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ボクシングは高校や競艇選手の推薦を得るため?従兄弟が競艇選手で憧れだった?

▼寺地拳四朗選手の従兄弟で競艇選手の是澤孝宏さん▼

画像引用元:http://www.pstar.jp.net/?p=100271 ボートレース平和島 ピースターブログより

寺地拳四朗選手がボクシングを始めたきっかけは、あくまで高校へのスポーツ推薦と競艇選手への道を開くためでした。しかし、プロボクサーとしてデビューし、2017年に世界王者になったことで、ボクシングが自分に向いていると思うようになり、競艇選手への夢は諦めたそうです。

しかし、その後もボクシングが楽しいと思うことはなかったと言います。転機が訪れたのは三迫ジムでトレーナーの加藤健太さんに教わるようになってからだそうです。

画像引用元:https://boxmob.jp/sp/news/img/1578539283_0sp.jpg ボクモバニュースより 加藤健太トレーナー

新しい知識が増え、技術的なことや身体の使い方などを理解できるようになったことで、徐々にボクシングを好きになっていった、と語っています。

また、競艇選手で従兄弟でもある是澤孝宏さんの存在は、寺地選手にとって大きな憧れでした。是澤さんの活躍を見て、自分も競艇選手になりたいという夢を抱いたそうです。

しかし、ボクシングで世界王者になったことで、新たな目標を見つけ、ボクシングの世界で頂点を目指すことを決意しました。

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まとめ|寺地拳四朗は競艇選手が夢だった!ボクシングは高校や競艇選手推薦のため?

今回の記事では、寺地拳四朗選手が競艇選手を夢見ていた、という意外な過去について調査してみました。

ボクシングを始めたきっかけは、高校へのスポーツ推薦と競艇選手への特別推薦を得るためでしたが、世界王者になったことでボクシングに情熱を注ぐようになり、現在は日本を代表するボクサーとして活躍しています。

先日の3月13日にユーリ阿久井政悟選手と対戦して勝利した後、「1つ階級を上げて(4階級制覇王者の)井岡一翔選手とビッグマッチがやりたい」といった発言で、さらに大きな話題を提供してくれそうです!

寺地拳四朗選手、現役生活は「おそらくあと2年くらい」とインタビューで言われていました。

この井岡一翔選手との対戦など、今後の活躍に大いに期待したいですね!

それではまたお会いしましょう!

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